マカの歴史

マカの歴史

マカはアンデスの地方でインカ帝国の時代から、栄養価の高い伝説の作物としてきました。

インカ帝国の時代には特権階級の食べ物だったとの研究もあり、又、戦いの後の戦士への褒賞としてつかわれたとの言い伝えが残っています。

当時菜食主義だったインカの戦士の心強い栄養源だったのです。

マカ

歴史をたどればとても奥深い植物なのがわかります。
周知されている通りマカは南米のペルーはアンデス原産の植物になり、現地の方々には古くから親しまれてきたものになります。

では、その古くからとは一体どれほど前からなのか、一つずつ紐解いていきましょう。

マカの別名-「アンデスの女王」-
マカは現地ではアンデスの女王と呼ばれています。
それはもちろんマカ自信が持つ豊富な栄養素を賞賛した上での別名です。

他には「アンデスの高麗人参」や「完全食」などとも呼ばれ現地ならずともあらゆる国々で、その栄養価の高さ、滋養強壮の効果をたたえられています。

そもそもは「アンデスの女王」と呼ばれるぐらいですから、元々はペルー全土ではなくアンデスのインディオたちを中心に数千年も前から食べられてきたのです。

ペルー全土に広がったのは、近年ペルーの国営放送がマカの効果を取り上げ注目されたことによるものです。
それがたちまち世界にも広まり、現在私たちもその恩恵に与っているということになります。

アンデス文明-インカ帝国

マカが育った大地、アンデスには昔大きな文明がありました。
それがアンデス文明。
マカを語る上で欠かすことができないインカ帝国のさきがけとなるものです。

この文明は恐らく紀元前7500年ごろまでに始まったと考えられており、この文明の民族は高地で暮らすことに適応し、低身長かや体型の頑健化という特徴があったと言う。

さらに特徴的なのは、高地に対応することにより肺活量が増加し心拍数が少なくなり、さらには血液量も他の地域の人々と比べても多い、2リットルの量になると言われています。

それから長い時間を書け1438年ごろにインカ帝国が成立されたとされています。※インカ帝国以前の文明については文字による記録を全く残していないため詳しいことが分かっていない。

そのインカ帝国の先住民族たちがこよなく愛した栄養食がマカだったのです。
特に帝国の支配者たちや特権階級の者たちがマカの薬効に早くから注目し、貴重な食べ物として扱われていました。

その貴重な扱いは家畜のリャマと少量のマカが物々交換されるほどと言われています。
さらにインカ帝国の王は、戦士たちに活力を与えるため滋養効果が高いマカを食べさせ体力をつけるよう促していました。

当然戦いにおいては強い戦士が必要なため、戦で勝利をもたらした戦士には褒章としてマカが授けられていたとも言われています。
しかし、一方でマカの強い滋養効果により戦のあった町で女性への暴行などの被害を懸念する声もあり、戦の前にはマカの支給を停止していたとも言われています。

スペイン軍の侵攻-スペイン勝利の陰にはマカが?-

スペイン軍

最初にスペイン軍のピサロ将軍がインカ帝国に進行してきた時に共に連れて来た馬が大きく戦況に影響したようです。
しかし、この馬が新大陸の、さらにアンデスの高地という厳しい環境に適応できずに子馬を生む前に死んでいくということが多くなりました。

この危機に瀕した際、アンデスの原住民の人々の勧めでマカの葉を飼料にして馬に与えたところ見事馬の繁殖に成功したと言います。
つまりはマカの高い生殖効果と滋養効果が効果として現れたと言うことではないでしょうか?

結果として馬という機動力を絶やすことなく保ち続けられたことはスペイン軍にとっては大きな戦力に他ならないのではないでしょうか?
それから長い時間をかけスペインの征服に抵抗するもついには陥落してしまうのでした。

 近代史における「マカ」

shipandmaca

今現在ではマカは原産国のペルーでは貴重な外資獲得資源となっており、マカそのもの(原型をとどめた形)での国外の持ち出しが法律により硬く禁止されています。

つまりは今私たちの元にマカのサプリメントなどが存在するのは、マカを乾燥粉末、もしくはエキス末などにして輸入していると言うことになります。